震災から早2週間も過ぎました。皆様いかがお過ごしでしょうか。

2週間の時系列を辿っていくと、問題がこんなにも次々と流れていくものなのかと思います。
今は、やはり原発問題中心なのでしょうか。

Twitter上は、随分と落ち着きを取り戻してきたように思えましたが、原発に関しては、日々皆さんの意見が飛び交っている状況です。私自身、原発(放射能)に関しては、大昔に広瀬隆の「危険な話」を読んだぐらいで、ほとんど知識がゼロに近いものですから、反対でも賛成でもありません。「反対」と叫ばなくても、ほとんどの人は「反対」に近い考えだと思います。大きな声で「反対」を叫ぶと、大声で「賛成」を叫びだしてくる人もいると思います。「善」と「悪」の二元論になると、結局は何も生み出せないのでは?と思ってしまいます。

仮に、今回の放射能汚染で被害にあった農家の方々にきちんと補償がなされて、原発も終了となった時、逆に原発に携わっていた方々には、何か補償はあるのでしょうか?「悪」とみなされて、それで終わりなのでしょうか?
勿論、農家の方々にはなんの罪もありません。補償はされるべきだと思います。ただ、何事にも表があれば裏があり、あまりにも二元論化してく今の世の中に、少しだけ恐怖を感じるのです。

反対より代案を。


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3月11日に発生いたしました三陸沖を震源とする「東北地方太平洋沖地震」により、多くの命が失われことに対し、深くお悔やみを申しあげます。また、一人でも多くの方の命が救われ、一日も早い復旧復興をお祈り申し上げます。

16年前の阪神大震災の記憶はいまだに鮮明で、16年経った今でも、少しの揺れで震えが止まらず、呼吸がうまく出来なくなることがあります。

当時、人工島に住んでいたので、交通網が遮断され、町の食べ物はあっという間になくなりました。自衛隊が小学校に来るのも遅かった気がします。船が大阪に向けてようやく出航する事になったのが、震災から1週間後ぐらいだったはずです。船乗り場は、島民で溢れ返り、藁をも掴む思いは皆同じ。長蛇の列は終わることなく、なかなか乗る事もできなかった。そこにはもう、華やかな港町神戸の姿はなく、私達は難民のようでした。

大阪の南港に着くと、普通にデートをしているカップル、太陽に照らされきらきらした海面をのんびり見ている人達がたくさんいました。たった30分の距離でこんなに状況が違うことに驚きました。今のようにtwitterなどないので、近くで起きてる事もリアリティがなかった時代だったのだと思います。でもそれで良かった。どれだけ努力をしても、経験した人間と経験してない人間はどうしても共感出来ないからです。

だから、東京のテレビ局がドラマを作るような感覚で、悲しみに暮れる犠牲者の御家族にマイクを乱暴に向けたり、犠牲者のカウントをこれでもかと放送し続ける事、ボランティアといいながら冷やかしでしかない若者を見ても、怒る気力もない。ある意味とても冷めて見ることが出来ました。

今回の震災で、無事だった皆さんも、今現在は、報道のあり方とか、ある公人がこんな発言をしたとかという事は、どうでもいいことだと思います。今は、毎日ほんの少しでもいいからストレスのない生活が出来ることが、日々の安心に繋がっていくと思います。私が住んでいた場所のライフライン復活は3ヶ月後でした。電気は先に来ていましたが、ガスと水道は全くダメでした。辛いのはトイレ。水はもったいなくて使えないので、恥ずかしい話、お風呂に新聞紙を引いて、そこがトイレでした。毎回嫌で嫌でしょうがなかったです。ですので、トイレが普通に出来るようになった時の喜びったらなかったです。お風呂も同様。物資などは、あとあと飽和状態になるでしょうから、ライフラインの復旧、仮設住宅の建設が早く進めばいいなと思います。

私達が出来る事は、そこから先だと思います。農業の方も漁業の方も、自営業の方も会社勤めの方も、今後の収入の面で、先が見えず不安だと思います。自分は当時まだ自営業者ではなく、東京を本社に持つ会社に就職したばかりだったので、働けなくても守れていました。でも、自営業者だったらと思うと、怖くて仕方ありません。一人ひとりに出来るだけ大きな補助を、どうしても地元で働くことが出来ない時は、関西でも働けるような雇用状況を生み出すことが、私達の出来ることだと思います。

私達が知らないところでも、たくさんの企業が大きな支援をしてくれてると思います。そして、私達の中にも、言葉には出さず黙々をやってくださってる方がたくさんいらっしゃると思います。大きな声で、募金や節電を叫ばなくても、粛々とやっておられる方が大勢いると思います。復興は綺麗事だけでは出来ませんし、問題は次から次へと山積して遠く長い道のりだと思いますが、5年10年で神戸の街には、たくさん観光客の方が来てくれるようになりました。これは支援してくれたみなさんのおかげです。それがなければ、今の神戸はないと思います。本当にありがたいことです。ただ、今回の大震災は、神戸のそれとはまったく違います。出来るだけ長い期間、私達の心に留めておき、支援出来る方法をとっていかないといけないなと思います。そうすると、果てしないと思っていた道が、少しづつ距離が短くなるのだと思います。
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最後は食べ物の写真ばかりですいません。寒かったので、鍋物ばっかり食べてて、ショウロンポウが食べれなかった!残念!
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先月ですが、初めて台湾に行ってきました。写真だけアップしますね。



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